傷つきながらも、「私の真実」を大切に表現して生きる。

こんにちは、管理人のすず果です。41歳で、夫と2人の子どもと一緒に暮らしています。

突然ですが、あなたは今、周りの目を気にして自分を後回しにしたり、心がざわざわして「私の居場所はどこだろう」と不安になったりしていませんか?

このブログ「じぶん重要視ラボ」は、不器用で、傷つきやすくて、それでも「自分だけの真実」を大切に表現して生きたいと願うあなたのための場所です。

この記事では、何かを完璧に乗り越えたわけでもない等身大の私が、暗闇のようだった幼少期から、子育てでの大きな葛藤、そして「自分を重要視する」ことに気づくまでの心の旅路をお話しします。

上手く言えなくても、心がブレブレのままで大丈夫。どうぞ温かいお茶でも飲みながら、ゆっくり私の実験室を覗いていってくださいね。

1. 完璧な「すごい人」ではない、等身大の私として

ブログを始めるにあたって、最初にどうしても伝えておきたいことがあります。 それは、私は何かを完璧に乗り越えた「すごい人」でもなければ、いつも心がブレない「完成された人」でもない、ということです。

自分だけの真実を見つけた今でも、日々の生活の中で普通に傷つくし、惨めさや不安、怖さといった色んな感情が嵐のように湧き起こります。

だけど、今の私は「それでいいんだ」と心の底から思っています。 大切なのは、感情をなくして穏やかなロボットになることではなく、どんな感情が湧き起こっても「私だけの真実」を大切に扱い、それを表現していくことだからです。

私はこれまで、眼の前の出来事に一喜一憂し、自分の感情に蓋をして、いつも「心の居場所」を探し続ける不安と萎縮の連続を生きていました。

2. 幼少期の記憶:両親と手を繋いでいるのに、絶望していた

私の生まれ育った家庭は、大変支配的で神経質な父が、私の出来ていない所を挙げつらねては「バカ」「役立たず」などと罵り、怒りをぶつけてくるような環境でした。母は父の機嫌を取るのに精一杯で、私の気持ちに寄り添ってくれることはありません。

学校の帰り道、自分の家を見るといつも暗い影がかかっているように見えて、不安で足取りが重くなっていました。

  • 家族の中に、私の居場所はどこにもない。
  • 「困っている、助けて」と手を差し伸べた時に、手を差し伸べてもらえない寂しさ。
  • 大人の顔色を窺い、もしかしたら次は理解してくれるかもしれないと何年も親を信じようと頑張ったけれど、返ってくるのはいつも同じ冷たい言葉でした。

「両親に自分のことを話しても、きっと分かってもらえない」

そうやって心を閉ざした私は、自分の気持ちを表現することに大きな苦労を抱えたまま、大人になりました。

3. 結婚、子育て、そこで出会った「置いてけぼりの私」

そんな私が優しい夫と出会い、結婚し、2人の子どもを授かりました。

「絶対に両親のようにはなりたくない」 そう強く願っていたのに、子育てが思うようにいかなくなると、どう向き合えばいいか分からず、「私だけが頑張っている」と思い込んで夫に冷たく当たってしまう……そんな最悪な悪循環に陥ってしまったんです。

そんな時に出会ったのが、とある子育て講座にあった「認める・褒める・包む」という言葉でした。

その言葉を見た瞬間、涙がボロボロとこぼれ落ちました。

「あぁ、私はこれが欲しかったんだ。誰よりも、お母さんからこれを与えてほしかったんだ……」

幼い頃からずっと寂しくて、誰かに分かってほしかった私の気持ちを、ようやく自分でひろい上げてあげられた瞬間でした。子どもの頃の傷ついた私が、優しく包まれたことで心に余裕が生まれ、そこから少しずつ、家族と過ごす時間が心から笑えるものに変わっていったんです。

4. 今の私:どんなドロドロな感情も、真実へつながる扉

家族との幸せを取り戻した私でしたが、それでもなお、お母さん同士や家族(夫と子供たち以外の)とのやり取りで傷付いたり不安になったりを繰り返す自分がまだ残っていました。

どうやったら自分の不安な気持ちが消せるんだろう、と色んな自己啓発本を読み漁り実践したものの、結果は変わらず。あまり深く関わらない様に距離を置いて接するしかないか…と思っていたところ、偶然にも書籍「メンタルモデル」「メンタルモデルワークブック」に出会ったのです。

自分の心の仕組みを紐解いてみるとハッとさせられる大きな気づきがありました。

それは、私自身が「私は周りから重要視されない存在」なのだと無自覚に信じ込んでいたことでした。 そして本当は、私が周りから重要視されない存在なのではなく、

「自分を重要視することを自分が許してあげていなかったんだ」

という発見だったのです。

自分を大切にするということは、「傷つかない無敵な人間になること」でも、「急に生きやすくなること」でもありません。

傷つくということは、自分にとって大切な想い・諦められない願いをしっかり持っているということ。 それを守りたい・大切にしたいからこそ傷つくんだって理解することが、自分を大切にすることに繋がります。

今でも傷つくときはちゃんと痛いし、余裕がなくなって夫や子どもたちに辛く当たってしまうことだってあります。

微塵も揺るがない強い人になるのではなく、「あぁ、傷ついてもいいんだ」「どんな情けない私だって、ここにいていいんだ」って、自分のすべての感情に許可を出せるようになった。

ネガティブな感情の奥にこそ、私の「本当の願い(真実)」が隠れているから。大人の私も、傷ついた子どもの私も、どんなドロドロした気持ちの私であっても、全部があっていい。 まだまだ私もこれから、自分の真実を生きる実験の途中なんです。

5. なぜ、このブログ(じぶん重要視ラボ)を作ったのか

私たちはみんな、命の源で繋がっています。 だからこそ、私は自分が手に入れた「不器用なままで、自分を表現して生きる喜び」を、あなたとも共有したい。

世界中のどこかで、かつての私のように、

  • 「手を差し伸べてほしい時に、誰の手も借りられなかった」
  • 「家の中に居場所がなくて、いつも萎縮して不安だった」
  • 「自分の不器用な気持ちを誰にもひろってもらえず、一人反省会を続けている」

そんなあなたの、分かってもらえない、すくい上げてもらえない悲しさを、ここで一緒にひろい上げたいんです。

ここは、あなたが今までずっと誰かを優先して置き去りにしてきた「私」を、世界で一番重要視していい場所

私はもう、何一つ乗り越えたフリはしません。 あなたと同じように傷つき、幼子の自分に手を焼きながら、それでも「私の真実」を大切に表現していく。

そんな私の不完全な実験室、じぶん重要視ラボ「真実とつながる」へ、ようこそ。

上手く言えなくても、表現できなくても、不安なままで大丈夫。 どんな気持ちも全部ここに置いて、あなたの「真実」に、私と一緒に繋がっていきましょう。

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